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八幡信仰とは何か?由緒や歴史と日本で一番多い理由を解説

紙垂  神社 境内 参拝

八幡神社や八幡宮、若宮神社など、家のご近所や旅先などで目にすることは多いのではないでしょうか。それもそのはずで、八幡信仰に関わる神社は日本で一番多いと言われています。この記事では、八幡信仰の由緒や歴史から、なぜ日本一多いのかを紐解いていきます。

 

 

八幡信仰は日本一多い

 

 

八幡信仰とは、武家や寺院の守護神であり、本宮は大分県にある宇佐八幡宮です。

三大八幡宮は、宇佐八幡宮と石清水八幡宮、これに福岡県にある筥崎宮(はこざきぐう)か鶴岡八幡宮のどちらかを加えたものをいいます。

 

日本各地の神社をとりまとめる神社本庁が、傘下にある7万9355社の神社を対象に行った「全国神社祭祀祭礼総合調査」(1990〜1995年)によると、八幡信仰にかかわる神社が全国で最も多いという結果がでています。

 

なぜ多いのでしょうか。

 

八幡神の由緒

 

鳥居 神社 参拝 宇佐神宮

 

神様といえば、多くの神々が登場するので、日本神話を思い浮かべる方も多いかもしれません。しかし、八幡神は「古事記」にも「日本書紀」にも登場しないのです。

 

それはなぜかというと八幡神は宇佐八幡宮関係の史料から、日本固有の神ではなく、新羅(韓国)からきた外来の神様だった可能性が考えられているからです。

 

九州北部は朝鮮半島と距離も近いため、古代においても、交流や渡来人の移住が活発に行われていました。このときに新羅から持ち込まれた神様をありがたがって崇敬するようになったのがはじまりとされ、この神様が次第に地域の神、宇佐氏の氏神的な存在になっていったと考えられます。

 

八幡信仰の歴史

 

八幡神 応神天皇 弥勒菩薩 神様 神社 参拝

 

前述のように、地域の神様だった八幡神ですが、応神天皇が弥勒菩薩として下生したという信仰から皇祖神(天皇の祖先である神様)となり、後のさまざまな出来事から日本で最も影響力のある信仰になっていったのです。

 

八幡神は天照大神に次ぐ皇祖神

 

鳥居 しめ縄  藁 神社

 

八幡神の初出は、奈良時代の天平9(737)年といわれています。このあたりから八幡神が、応神天皇と習合し皇祖神となり、朝廷にとって重要な存在となっていきました。

 

例えば、石清水八幡宮にその地位がうつるまでの間、朝廷からの奉幣(布帛という神様の祭祀におくられるもの)が何度も宇佐八幡宮に送られています。

 

大仏建立に協力した八幡神

 

大仏 参拝 神社 神宮 東大寺大仏

 

八幡神が全国に広まるきっかけになった出来事のひとつに、奈良の東大寺大仏の造立に際して、宇佐八幡宮が協力したことがあります。

 

大仏の造立に際して宇佐八幡宮から東大寺に建設費が送られたり、大仏造立の中心人物である聖武天皇が病にかかったときには、朝廷が八幡神に平癒を祈願しました。

 

そして無事に大仏が完成すると、八幡神は東大寺近くの平群郡に建てられた梨原宮(現在の手向山八幡宮)に迎えられ、東大寺の守護神としての役割を担うようになります。

 

このことにより、各地の寺の守護神として八幡神が勧請されるようになり、東寺、大安寺、薬師寺といった有力な寺院の守護としても祀られています。

 

八幡神は大仏建立という国家の大事業を支える上で大きな役割を果たしたので、神様としても重要な存在となっていったのですね。

 

伊勢神宮に次ぐ石清水八幡宮

 

宇佐八幡宮 皇祖神 神社 参拝

 

宇佐八幡宮は、皇祖神として朝廷から崇敬を受け、奉幣も送られていました。

 

教科書で見たことがある方もいるかもしれませんが、「宇佐八幡宮神託事件」といって、女帝である称徳天皇の寵愛をうけた僧の道鏡が、宇佐八幡宮から皇位につけるように神託を受けたかが問題になった事件も、宇佐八幡宮の影響力の強さがわかる出来事です。

 

しかし、鎌倉時代中期からは朝廷からの奉幣は行われなくなり、石清水八幡宮が第二の地位になっていきました。なぜなら石清水八幡宮は平安京の南西に位置し、裏鬼門として京都を守る役割を担う重要な位置にあり、また距離の面でも参詣がしやすかったことが理由として考えられます。

 

石清水八幡宮の祭神も宇佐八幡宮から勧請されており、八幡大神(応神天皇、神功皇后、応神天皇の妻が祀られています。平安時代中期には天皇の石清水行幸も行われるようになりました。

 

源氏が八幡神を氏神にして、武士の神に

 

源氏 八幡神 氏神 武士の神 神社 参拝 

 

さらに、八幡神が広がる追い風になったのが、源氏が八幡神を氏神にしたことです。

 

河内源氏の源頼義が河内国(大阪府羽曳野市)に石清水八幡宮を勧請して壺井八幡宮を建てたほか、鎌倉幕府をひらいた源頼朝が鶴岡若宮を移築し鶴岡八幡宮とするなど、源氏が八幡宮を勧請し、崇敬するようになりました。

 

鎌倉時代以降、武士が台頭する世の中になり、その勢いもあって武士の崇敬を集めた八幡神は全国に広がっていきます。室町幕府の足利氏や江戸幕府の徳川氏も八幡神を氏神としており、武神として全国に広まった八幡神はさらに庶民にまで浸透していきました。

 

まとめ〜あなたの身近にも八幡神はいますか〜

 

しめ縄  藁 神社 風景 鳥居 紙垂

 

八幡神は外来の神様でしたが、応神天皇と習合することで皇祖神となり朝廷からの信仰をうけていました。平安時代には源氏の氏神となることで武神として武士からの信仰をあつめ、次第に庶民にも広まっていき、現在では日本一多く祀られている神様となっています。同じ八幡神でも由緒などはさまざまですので、身近にある八幡信仰に関わる神社を調べてみてもおもしろいかもしれませんね。

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