氏子とは、氏神様がお守りする地域「氏子地域」に住む人々のことをいい、氏神神社の運営や維持、行事などに参加します。氏子集団のことを「氏子中」「氏子同」などといい、その代表者が「氏子総代」です。この記事では、氏子総代の仕事や役割などについて解説します。
氏子総代とは
氏子総代とは、氏神神社に仕える氏子の中から選出された代表者で、神社の宮司と協力し、祭祀や保持活動に努める役割を持つ人のことです。任期は3年ほどが多く、宮司から任命される名誉職でもあります。
任命のされ方はさまざまで、氏子中の話し合いで決める場合や奈良県大柳生町の神社では宮座の年齢順の名簿があり、氏子総代の順番も名簿で割り当てられるケースもあります。
氏子総代になると、氏子総代が組織する「氏子総代会」に参加し、神社によっては会則が設けられるなど、しっかりしたルールや先例に則って動きます。
宮司は、神社の代表役員で、神社の財産の維持や管理のための対外的な活動を行い、対内的には氏子や崇敬者、役員や総代といったさまざまな立場の人々を統括し調整するといった仕事があります。
しかし、全国に8万社以上ある神社に対して、神職は2万人ほどと少なく、複数の神社を兼任している宮司も多いため、氏子総代や氏子の協力が必要不可欠なのです。氏子総代は氏神神社にとっても、神社の宮司などの神職にとっても重要な存在なのですね。
氏子総代の役割・仕事
氏子総代の仕事は、氏神神社の維持や運営などで内容は多岐に渡ります。例えば、祭りの準備や開催、会議への参加、神社や周辺の植木の剪定や環境整備、氏子へ寄付を募るなどです。
氏子の参加する最も大事な行事であるお祭りをひとつとっても、氏子総代の仕事は数多くあります。
氏子総代はまず神事寄合にて巡行路や巡行時刻など祭り全般の具体的な内容を話し合います。その後、祭りの安全な運行のために、道路の使用願を警察に提出し、道路の幅や高さを測る道路検分をした上で、交通案内の看板設置や警備員の配置の手配もするのです。お祭りの当日も、円滑な運行のために奔走します。楽しいお祭りの影には氏子総代をはじめとする方々の努力があるのですね。
氏子総代の成り立ち
氏子総代は大昔から徐々に形作られていったもので、地域によっても特色がありますが、昔は今よりももっと村人同士の結びつきが強く、協力して共同体の維持や生活をしていました。
地域の氏神神社を氏子である村人が共同で維持するために構成したのが氏子組織で、祭礼などを通じて団結強化をはかるなど大きな役割を果たしていました。お祭りなどに参加すると、参加者同士で親しくなったり、自分も仲間だと自覚できるのは、現代でも一緒ですよね。
「オトナ」や「年寄」など肩書き名は時代や地域によってもさまざまですが、氏子総代には、村落の有力者が就任しており、階層的支配で共同体が維持されるという機能も持っていました。いわば、共同体のリーダー格の人物です。
また、中世の主に関西地方に多いですが、新しい氏子が加わっていくに従って、古い氏子が今までの祭祀権を守るために生まれたと言われているのが「宮座」で、現在も宮座と総代の両方が残っている神社もあります。神社の祭祀権を持つことは昔の人々にとって名誉や特権でもあったのです。
1871年(明治4年)から1873年の2年間のみでしたが、戸籍制度の補完や行政単位の区分けのために明治政府が発布した「氏子調(氏子改)」も一村一社での氏神や氏子意識の定着を進めました。
現在の氏子総代が抱える問題
現在、少子高齢化や都市への人口集中により、氏子の数が減少する地域や何社も兼任する神職、神社の合祀などが進み、氏子総代の担い手不足が問題となっている地域もあります。
人口の多い地域でも、人の移動が頻繁だったり、新しいマンションや住宅地が増えるなど旧来の氏子地域でまとまることが難しい地域もあります。土地の文化や成り立ちを知らないで住んでいる人も増えました。
氏子総代も担い手不足や人間関係のトラブルを抱えてしまうこともあり、名誉職とは思えず回避される役割とみなす人もいるようです。
まとめ〜氏子総代は氏子のリーダーであり、神社や神職を支える大事な存在〜
古くから神社は地域の人々が集まる拠り所であり、コミュニティ機能を持つ場所でした。神社は神職のみではなく、氏子総代をはじめ、地域の人々が支え続けて今に至ります。氏子総代は氏子のリーダーであり、神社や神職を支えるサポーターであり、地域のコミュニティの潤滑油でもある大事な存在なのです。
(株)折橋商店|しめ縄|約30年の耐久性を持つ独自の合繊しめ縄
▷創業明治43年
▷神社にかける合繊しめ縄や、漁業で使う合繊ロープなどを製造販売
▷耐久性・防水性・耐寒性に優れた素材を使用
▷職人による伝統技術で、美しく丈夫なしめ縄を作ります