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しめ縄と相撲の関係は?横綱の意味や神事である相撲の歴史をご紹介

しめ縄_相撲_歴史

日本の国技ともいわれ、歴史も深いスポーツ、相撲。大相撲で最強の力士を横綱といいますが、横綱が身につける綱はしめ縄と深い関係があるのです。神事としての相撲や現代も続く行事、相撲の歴史をご紹介します。

 

 

 

 

しめ縄とは

 

しめ縄_意味

 

神社の鳥居や拝殿、御神木、家庭や事業所の神棚などにみられるしめ縄。稲わらで作られたものが多く、紙垂(しで)やしめの子が垂れ下がっている場合も多くみられます。

 

しめ縄とは、神様がいらっしゃる神聖な場所やもの、そのものを表したり、神聖な場所とそうでない場所との境界を表したりします。また、ときに結界を表すこともあります。

 

横綱の意味とはじまり

 

横綱_意味

 

大相撲で一番の称号といえば「横綱」ですが、「横綱」とはもともとは、地位の名前ではなく、腰にまかれた綱そのものを指していました。その歴史は江戸時代までさかのぼります。

 

横綱のはじまり

江戸時代、相撲の最高位は大関でしたが、1789年に行司の吉田という人物が、人気力士に「横綱」をつけて「土俵入り」をすることを発案します。

 

「土俵入り」は、それまでは将軍家の観戦する上覧相撲や寺社への奉納相撲などの特別な式典でのみ行われていましたが、それを一般の相撲にも取り入れ、縄をつけた大関が土俵入りを披露するようになったのです。

 

この縄を「横綱」と読んだことから転じて、綱をしめることを許可された力士のことを「横綱」という称号で呼ぶようになったといわれています。

 

そして、寛政3年(1791年)11代将軍徳川家斉の上覧相撲において、2代目谷風梶之助と小野川喜三郎が、紙垂をたらした純白の綱をつけ土俵入りを行います。これが公認となり、「横綱」が誕生しました。紙垂を垂らした純白の綱をつけることで、力士は神格化されたのです。

 

土俵入り・四股を踏むのルーツ

ちなみに「土俵入り」とは、もともとは神社や寺を建立する際に行われた神事「地鎮祭」がはじまりといわれており、力士が四股を踏むことで、邪気が払われると考えられていました。

 

地鎮祭とは、新築の家や建物を建てる際に、現在も行われている風習で、土地の神様に許可を得て工事の無事を祈る行事です。

地鎮祭では力士が横綱をまくことを許され、「地踏み」の儀式に参加していました。

 

この地踏みとはいわゆる四股をふむことで、一説には平安時代の陰陽師が、呪文を唱えながら大地を足で踏みしめて、地中に潜む悪霊を追い出す呪法がルーツともいわれています。

 

現在も大相撲では開催場所ごとに土俵が新しく作られ、「土俵祭」という神様を土にお呼びする行事が行われています。また、土俵の中には地鎮祭と同様に「鎮め物」と呼ばれる供物が納められています。

 

相撲の歴史

 

相撲_歴史

 

相撲のはじまりは、『日本書紀』によれば、垂仁天皇の時代までさかのぼります。

大和の当麻に住む当麻蹶速(とうまのけはや)と出雲の野見宿禰(のみのすくね)が対決し、野見宿禰が勝ったという話です。

 

その後、相撲は奈良時代〜平安時代にかけて宮廷儀式となり、勝敗によって豊作・凶作を占う神事になりました。平安時代末期から武家の時代が到来すると、相撲は武術の色合いを強め、武士の訓練にも行われるようになります。

 

江戸時代になると、相撲を職業とする人があらわれ、全国で勧進相撲がおこなわれます。江戸時代中期には、定期的に相撲が行われるようになり、人々にとって、歌舞伎と並んで大人気の娯楽でした。 

 

このようにして、今日の大相撲は江戸時代に形作られたといわれています。

 

神事としての相撲が行われている神社

 

相撲_神社

 

神事として、相撲が古くから行われている神社が全国にあります。ここでは日本三大神事相撲をご紹介します。

 

愛媛・大山祇神社御田植祭と抜穂祭

瀬戸内海に浮かぶ大三島にある大山祇神社では、ユニークな「一人角力(ひとりずもう)」が年に2回、初夏の御田植祭と秋の抜穂祭で行われています。

 

「一力山(いちりきざん)」と呼ばれる力士1人が土俵にあがり、稲の精霊と一緒に相撲をとるのです。取り組みは精霊2勝、力士1勝となり、この勝負によって農作物の豊凶を占います。

 

この奉納相撲のあと、斎田において御田植祭では田植え、抜穂祭では稲刈りが行われます。収穫の感謝を捧げると共に、相撲に勝って上機嫌な稲の精霊に豊作を約束してもらう意味もあるそうです。

 

長崎・高浜八幡神社秋季大会

長崎市高浜町では、五穀豊穣と家内安全を願う神事相撲がおこなわれ、赤ちゃんから大人までが高浜八幡神社の土俵に上がり、神様に奉納します。

大人の勝負はもちろん、幼児〜小学生までの勝負や相撲踊り、そして1歳未満の赤ちゃんの土俵入りが披露され、とくに赤ちゃんの土俵入りは「泣き相撲」とも呼ばれ人気があります。

 

石川・唐戸山神事相撲(羽咋神社) 

石川県の羽咋神社では、祭神の「磐衝別命(いわつくわけのみこと)」(垂仁天皇の皇子)が相撲を好んだことから、命日の9月25日に神事相撲がおこなわれます。相撲は、神社から南へ1キロほどの唐戸山相撲場で、夕方からはじまり、「水なし、塩なし、待ったなし」のかけ声とともに、スピーディーにおこなわれます。

 

まとめ〜スポーツとして楽しむもよし、神事として楽しむもよし〜

 

相撲_スポーツ_神事

 

以上、しめ縄と横綱の関係や神社と神事としての相撲、そして相撲の歴史をご紹介しました。

スポーツとして純粋に楽しむことも、日本の文化の応援につながりますし、四股を踏むことや塩をまくなど、神聖さを表す相撲の作法に注目したり、神社の神事に参加したりすると、新しい楽しみ方が増えるでしょう。

 

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